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桑名城の門 [移築城門]

桑名城の移築門です。

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桑名城の唐門がいなべ市北勢町の安行寺の鐘楼に移築されています。

北勢町は合併していなべ市になりました。

門かと思えば、鐘でした。

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唐門の中です。

家紋がつけられています。

鐘楼としては唐破風は珍しいです。

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安行寺です。

浄土真宗の寺院です。

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北勢町のマンホールです。

桑名城の移築城門 [移築城門]

桑名城の城門が移築されています。

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四日市市の照恩寺の山門として移築されています。

寺の正門です。

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横から見た門です。

薬医門です。

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門の見上げです。

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門扉です。

金具が重厚です。

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門柱の下部です。

木材の抜き取りの跡があります。

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門扉です。

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城門らしく重厚な門です。

桑名城の移築御殿 [移築城門]

桑名城の御殿が浄泉坊に移築されています。

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浄泉坊は三重県三重郡朝日町にある浄土真宗本願寺派の寺院です。

桑名藩主の奥方の菩提寺でした。

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彫刻に三つ葉葵が入っています。

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庫裏の玄関です。

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玄関の車寄せです。

桑名城の御殿の写真ではこの車寄せの写真がよく出ています。

しかし、この車寄せは桑名城のものではありません。

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奥の書院が桑名城の御殿を移築したものです。

非公開です。

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書院のアップです。

雨戸が閉まっていて中の様子はわかりません。

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朝日町のマンホールです。


伏屋城@岐阜県羽島郡岐南町 [お城踏査]

伏屋城は岐阜県羽島郡岐南町にあった中世城郭です。

もう一つの一夜城とも言われています。

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一夜城は織田信長が美濃の稲葉山城(岐阜城)を責めるために永禄年間に築いた墨俣一夜城が有名です。

豊臣秀吉(木下藤吉郎)が一夜で築いたために一夜城と呼ばれています。

ところがこの伏屋城が豊臣秀吉が築いた一夜城であるという伝承があります。

実際に伏屋城からは岐阜城は目の前です。

墨俣一夜城は少し距離があります。

こちらが一夜城というのも一理あるような気もします。

ただ、天正12年の小牧長久手合戦の時に秀吉は伏屋城に伏屋市兵衛に守らせました。

この時のことと信長の美濃攻めと混同しているかもしれません。

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伏屋城は宅地の中にあります。

城跡付近のみは藪になっています。

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土塁がL字状に残っています。

竹藪となっているのでとても分かりにくいですが、土塁がよく残っています。

三浦正幸先生の講演会 [お城情報]

お城研究の第一人者三浦正幸先生の後援会があります。

講演会 
日 時 2017年7月9日(日)13:30~15:00
内 容 「独創性に溢れた西尾城の天守と櫓」三浦正幸氏(広島大学大学院教授)
場 所 西尾市岩瀬文庫(愛知県西尾市亀沢町) 
定 員 70名(申込必要往復はがきで)
参加費 無料 
問合せ
西尾市教育委員会文化振興課市史編さん室
℡0563-56-6660

申し込みが必要です。

申込方法

6月27日(火曜日)(必着)までに、郵便往復はがきで文化振興課「西尾城講演」係
(〒445-0847 愛知県西尾市亀沢町480)へ。

往復はがきへの記載事項

▼往信の文面・・・聴講者全員の氏名・電話番号 ※1通のはがきで2名までの申し込みとさせていただきます。

▼返信の宛名面・・・郵便番号・住所・氏名 ※2名の場合は代表者を明記してください。

※申し込み多数の場合は抽選とさせていただきます。

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笠松町の八幡神社 [神社]

岐阜県羽島郡笠松町の笠松陣屋の近くの八幡神社です。

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拝殿です。

八幡神社は数も多く武門の神として親しまれている神社です。

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本殿です。

御祭神は応神天皇です。

金幣社です。

御神紋は左三つ巴です。

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本殿の前の神門です。

境内は広いです。

笠松陣屋@岐阜県笠松町 [お城踏査]

笠松陣屋は岐阜県笠松町にあった陣屋です。

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陣屋跡は小公園になっています。

石碑や説明板があります。

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白壁が一部復元されています。

壁の前には陣屋の平面図があります。

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説明です。

笠松陣屋は江戸の初期寛文2年に美濃郡代名取平左衛門が築きました。

陣屋は幕末まで続きました。

美濃の幕府領の支配する役所でした。

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陣屋の絵図です。

多くの建物が建てられていました。

超勝寺 [寺院]

超勝寺は岐阜市黒野町にある寺院です。

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浄土宗の寺院です。

黒野城の外郭内ではなく、堀の外にあります。

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山門です。

黒塗りの門です。

桟瓦葺きです。

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本堂です。

大きな建物です。

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庫裏です。

本堂と並ぶ姿は本当に大きいです。

庫裏の玄関の屋根が千鳥破風になっています。

黒野城 その3 [お城踏査]

黒野城の続きです。

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黒野城の外堀です。

よく残っています。

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外堀の土塁です。

近年藪が伐採されてきれいになりました。

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説明板が建てられています。

土塁は上幅が3.8mありました。

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黒野城の絵図です。

左下が外堀の土塁が残っている個所です。

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溝となって残っている外堀跡です。

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本丸の堀です。

左は土塁です。

堀の大きさがわかります。

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広小路跡です。

町のあちこちに説明があります。

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二の丸跡です。

駐車場になっています。

碑の上にある◎は加藤氏の家紋です。

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加藤平内の屋敷跡です。

加藤貞泰の弟です。

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黒野城二の丸資料館という看板がありました。

個人のお宅を資料館としているようです。

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本丸にある滑り台です。

屋根には鯱が付けられています。

よく見ると屋根の下に加藤氏の家紋も入っています。

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岐阜市のマンホールです。

鵜飼がデザインされています。

(終わり)

黒野城 その2 [お城踏査]

黒野城の続きです。

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土塁です。

幅広い土塁です。

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北西櫓跡です。

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本丸には2つの櫓がありました。

北西櫓は12間×3間の張り出しの上にありました。

細長いので多聞櫓だったのでしょうか。

二層か三層の櫓が建てられていたと推定されます。

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南東櫓跡です。

7間×9間の張り出しがありました。

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黒野城の古絵図です。

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堀です。

折れが見られます。

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本丸の堀です。

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多賀神社です。

黒野城の北にあります。

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多賀神社の北に残る外堀です。

(続く)