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沼津城の移築門 [移築城門]

沼津城の門が沼津市内の光長寺に移築されています。

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これがその沼津城の門です。

意外と小さな門でした。

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門扉です。

こちらも新しそう。

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ここは光長寺の塔頭のひとつ辻の坊です。

説明によると沼津城の中庭の門を移築したようです。

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門は薬医門です。

柱の一部などは新しく、部材も変わっているようです。

小振りなのは伝承とおりに中庭の門だからでしょうか。

中庭と言う表現がいまひとつどこなのかわかりませんが、屋敷の門だったのかもしれません。

樋代官長屋門 [移築城門]

樋代官長屋門です。

樋代官所は、静岡富士市厚原にありました。

植松家が代官を務めました。

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長屋門です。

間口15.1m、奥行4.57mです。

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代官所の長屋門らしく格式あるものです。

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長屋門の出窓です。

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長屋門の門扉です。

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長屋門の平面図です。

門内の部屋は、下男・番人小屋と味噌蔵に使われていました。

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代官の植松氏の屋敷も移築されています。

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説明です。

名古屋城の移築門? [移築城門]

愛知県一宮市の妙興寺に名古屋城の門があると聞いて行きました。

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遠目に見ても立派な門です。

妙興寺の総門です。

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背景です。

立派な薬医門です。

説明によると名古屋城の門ではなくて、尾張藩の家老である成瀬家の屋敷の門でした。

成瀬家は犬山城主でした。

それはともかく貴重な遺構です。

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門扉です。

桁行6.7m、梁間2.7mの三間薬医門です。

堂々とした門です。

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潜り戸が付いています。

赤穂城の移築城門 [移築城門]

赤穂城の塩屋惣門が赤穂市の花岳寺に移築されています。

赤穂城の唯一の遺構です。

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花岳寺の山門として第二の門生を送っています。

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寺内から見たところです。

高麗門です。

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門扉です。

城門らしいしっかりとした扉です。

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門扉の壺金です。

赤穂市の文化財に指定されています。

花岳寺は、浅野氏の菩提寺でもあります。

小諸城の移築門 黒門 [移築城門]

小諸城の黒門が小諸市内に移築されています。

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郊外の正眼寺に移築されています。

黒門は本丸の正門です。

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門扉です。

柱も太いです。

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門扉の壺金です。

しっかりしています。

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潜り戸です。

門扉にあるのは珍しいです。

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屋根の見上げです。

屋根は新しそうです。

移築後に改修されたのでしょうか。

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門の中には石の像があります。

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門は薬医門です。

城門らしく堂々とした門です。

小諸城の足柄門 [移築城門]

小諸城の足柄門が城下に移築されています。

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光岳寺の山門として残っています。

北陸街道沿いにあって非常に目立ちます。

足柄門は慶長元年(1596)に建てられましたが、寛保2年(1742)の水害により流失し、明和2年(1872)に再建されました。

廃城後の明治5年に光岳寺に移築されました。

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寺から見た足柄門です。

高麗門です。

城門としては間口が少し狭いと感じました。

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門扉です。

屋根には樋が付けられています。


光岳寺は徳川家康の母於大の方ゆかりの寺院です。

於大の方は、松平広忠と離縁後に、久松(松平)佐渡守俊勝と再婚しました。

息子の松平因幡守康元が、菩提所として千葉県関宿に建立された事が最初です。

その後久松松平の転封とともに、大垣、小諸へと移りました。

光岳寺は於大の方の法号・傳通院殿蓉譽光岳智香大弾定尼に由来します。


黒田藩蔵屋敷長屋門 [移築城門]

黒田藩蔵屋敷長屋門です。

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大阪天王寺区の茶臼山近くの天王寺公園にあります。

かつて大阪は天下の台所と言われました。

各藩は大坂に蔵屋敷をおいていました。

黒田藩(福岡市)は中の島に蔵屋敷をおいていました。

昭和8年に同地から移築されました。

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大きな門です。

奥は大阪市美術館が見えます。

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内側から見たところです。

長屋門なので本来はもっと長かったですが、部分的に移築されています。

蔵屋敷長屋門としては貴重なものです。

大阪府有形文化財です。


古河藩陣屋の移築門 [移築城門]

大阪市平野区にあった古河藩陣屋の移築門です。

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天王寺区の大念佛寺に移築されています。

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説明です。

古河藩の陣屋門は廃藩置県により陣屋が廃止されると平野小学校の表門として使われましたが、昭和37年に大念佛寺に移築されました。

陣屋の唯一の遺構です。

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門扉です。

樟の一枚板です。

堂々としたものです。

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屋根の小屋組みの見上げです。

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屋根の軒丸瓦です。

菊の紋です。

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内側から見た門です。

薬医門です。

屋根は本瓦葺きです。

高島城の移築門 [移築城門]

高島城の移築門です。

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諏訪市の温泉寺にあります。

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裏から見たところです。

明治3年に温泉寺が焼失すると移築されました。

どこの門かは不明です。

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門扉です。

鉄が打たれています。

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屋根の小屋組みの見上げです。

木材は新しそうです。

屋根は改修されたのでしょうか。

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柱の部分のみ移築されて、屋根などは後に改修されたのでしょうか。

織田陣屋の書院 その2 [移築城門]

橿原神宮に移築されている織田陣屋の書院の続きです。

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三の間からみた上段の間です。

残念ながら二の間にはガラスが入れられています。

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上段之間です。

これはガラスがない写真です。

三の間から二の間は一段高くなり、上段之間は更に一段高くなっています。

柳本織田陣屋は1万石ですが、この格式にびっくりです。

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上段之間を望みます。

甲冑の置かれている場所は二の間です。

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上段之間は床の間、違い棚、付書院がある帳台構になっています。

武家風書院造りの様式で、名古屋城や二条城の御殿と同じです。

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上段の間の欄間も素晴らしいです。

二の間の天井は格天井です。

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二の間の欄間です。

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極彩色です。

今は少し色あせていますが、当時はさらに素晴らしかったでしょうね。

1万石の大名でこの造りです。

織田氏だったからでしょうか。

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襖の引手金具です。

細工が細かいです。

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板戸の金具です。

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釘隠しです。

こちらは新しそうです。

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三の間前の畳廊下です。

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廊下からは庭も見えます。

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現存する城の御殿は、二条城、掛川城、高知城が有名ですが、この織田陣屋書院も負けていません。

ただ、普段は非公開なので、あまり知られていないことは残念です。

時々公開しているので、是非機会があれば見学して欲しいです。


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