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小谷城@滋賀県長浜市 [お城踏査]

小谷城は滋賀県長浜市にあった中世城郭です。

近江の戦国大名浅井氏三代の居城でした。

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遠景です。

中央の山が小谷城で、左の山が小谷城を攻めるために織田信長が陣地を築いた虎御前山です。

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小谷城の麓にある小谷城資料館です。

後の山は小谷城の最頂部の大巌砦です。

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小谷城を描いたイラストです。

全山にわたって曲輪が作られていました。

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もう少し模式的に小谷城を描いた図です。

尾根に挟まれた谷は清水谷と呼ばれて家臣の屋敷や浅井氏の御殿がありました。

山頂にも大広間と呼ばれる御殿がありましたが、冬季は山麓に降りてきたと思われます。

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清水谷です。

奥の山が小谷城、山麓は開墾が進み屋敷や城の遺構ははっきりしません。

織田信長の妹お市の方が浅井長政に嫁いで小谷城に住みました。

この谷にはお市の方も住んでいました。

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お市の方と浅井三姉妹の像です。

浅井三姉妹は茶々、初、江で数奇な運命をたどりしました。

茶々は豊臣秀吉の側室となり秀頼を生み、江は徳川秀忠の妻となりました。

今回は山城には登らず、山麓部のみの訪問でした。
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岩櫃城フォーラム「国指定史跡をめざして~戦国終焉!戦国末期の上野国と岩櫃城」 [お城踏査]

お城のイベントです。

岩櫃城は昨年の真田丸の舞台にもなり、賑わいました。
昨年もこりフォーラムありましたが、今年も開催されます。


岩櫃城フォーラム「国指定史跡をめざして~戦国終焉!戦国末期の上野国と岩櫃城」
日 時 2017年10月28日(土) 13時
場 所 東吾妻町コンベンションホール(群馬県吾妻郡東吾妻町原町1046)
定 員 400名(申込不要)
参加費 無料
内 容
「岩櫃城跡保存整備事業」吉田智哉氏(東吾妻町教育委員会)
「真田信之時代の岩櫃城跡」平山優氏(真田丸時代考証)
「戦国末期の城郭―箕輪城跡の調査から考える」秋本太郎氏(高崎市教育委員会)
問合せ
東吾妻町教育委員会文化財保護係
℡0279-59-3370
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宮部城跡@滋賀県長浜市 [お城踏査]

宮部城跡@滋賀県長浜市虎姫町宮部にあった中世城郭です。

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石碑です。

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堀跡です。

用水になっています。

宮部継潤の城でした。

継潤は湯次神社の社僧善浄坊清潤の養子となって宮部城を築き、浅井氏に仕えました。

宮部氏は、後に豊臣秀吉に仕え、豊岡城や鳥取城の城主となりました。

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城跡は宮部神社が建てられています。

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境内には田中吉政と宮部継潤の碑が建てられています。

ともに400年記念法要の碑です。

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虎姫町のマンホールです。

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大井城@滋賀県長浜市 [お城踏査]

大井城は滋賀県長浜市虎姫町大井字竹ケ鼻にあった中世城郭です。

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石碑です。

立派な石碑です。

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石碑は昭和57年4月に城跡保存会により建てられました。

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今は石碑のみで遺構は全く残りません。

小字竹ケ鼻と言われますが、竹は「館」の転化とも推定されます。

三右衛門屋敷と呼ばれていました。

京都北面の武士であった小野氏の二代義教が城主となり、大井兵庫頭と称しました。

京極氏に仕えましたが、浅井氏の台頭により美濃国北方に逃れて小野姓に復しました。

四代小野義長の娘於通は浄瑠璃物語の作者とも言われます。

小野氏が去った後の大井城には地侍鈴木三右衛門が入りましたが、織田信長により落城しました。


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宮川陣屋@滋賀県長浜市宮司町 [お城踏査]

宮川陣屋は滋賀県長浜市宮司町にありました。

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石碑です。

元禄11年(1698)堀田正休が建てた陣屋です。

1万石でしたが、後に1万3千石に加増されて、明治維新まで存続しました。

十一川沿いに築かれていて、中世の宮川氏の屋敷跡を利用して建てられました。

今は石碑のみで、遺構はありません。

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隣に日枝神社があります。

日枝神社は、天平11年に天津児屋根命を勧請して、永久元年に大山咋命を祀り、山王宮と称しました。

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堀田正陳は享保6年に社殿を増改築しました。

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陣屋付近に集められている石造遺物です。

道標や宮川陣屋普請所石碑です。



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彦根城 その12 [お城踏査]

彦根城の続きです。

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内堀には遊覧船が運行されています。

遊覧船から見る彦根城もいいですね。

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彦根市のマンホール。

何のデザイン?

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彦根城の外郭の土塁の一部が残っています。

彦根市中央町、錦町にあります。

隣の家と比較すると大きさがわかります。

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外郭の土塁跡です。

駐車場が掘跡です。

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堀の跡の一部は水路となっています。

かなり狭くなっています。

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別のマンホール。

石垣と松、菖蒲がデザインされています。

彦根城の記事はこれで終わりです。

(終わり)
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彦根城 その11 [お城踏査]

彦根城の続きです。

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佐和山口多聞櫓です。

重要文化財です。

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佐和山口です。

ここには門がありましたが、今は撤去されています。

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佐和山口多聞櫓です。

桝形門です。

切妻の屋根はここに櫓門があったものを撤去されたためです。

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佐和山口です。

右の二重櫓は再建されたものです。

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多聞櫓です。

こちらは再建です。

昭和35年に外観復元されました。

あまり違和感がなく、重要文化財の佐和山口多聞櫓と並び立ちお城らしい景観を作っています。

内部は開国記念館になっています。

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井伊直虎関連の展示をしています。
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彦根城 その10 [お城踏査]

彦根城の続きです。

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玄宮園の書院楽々園です。

彦根藩四代藩主の井伊直興が建てた二の丸御殿で、槻御殿と呼ばれていました。

重要文化財です。

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中には入れませんが外から見ることはできます。

上段の間です。

御簾が見えます。

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書院の間取り図です。

御上段、上の御間、御次の間、御小座敷の4つの部屋から構成されます。

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御上段です。

床の間と違い棚が見えます。

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次の間から見た上の御間と御上段(左)です。

御上段には付書院が見えます。

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上の御間です。

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濡れ縁と入側です。

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地震の間です。

こちらは非公開です。

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庭園です。

回遊式庭園です。

(続く)

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彦根城 その9 [お城踏査]

彦根城の続きです。

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黒門跡です。

井戸曲輪から下るとここに至ります。

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黒門脇の石塁に上る雁木です。

よく遺構が残っています。

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黒門から表門に向かう途中にある虎口です。

山麓には細長い曲輪が回っていますが、途中に何か所か虎口が作られています。

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黒門跡です。

ここには櫓門が建てられていました。

ここも彦根城の入り口になっています。

ここからが有料エリアです。

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内堀です。

満々と水を湛えています。

(続く)
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彦根城 その8 [お城踏査]

彦根城の続きです。

まだまだ続きます。

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西の丸から再び本丸に戻ります。

裏から見た天守です。

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天守の下から黒門に下ります。

西の丸水の手虎口です。

江戸時代の絵図によると高麗門が建てられていました。

発掘調査の結果、別の礎石が見つかり、水の手虎口門は当初は櫓門だった可能性が出てきました。

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本丸の石垣です。

かなりの高石垣です。

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井戸曲輪への門です。

石垣を築き足して虎口幅を狭くしています。

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井戸曲輪です。

絵図は御城内御絵図です。

井戸曲輪は黒門から本丸に向かう途中にある曲輪です。

北東隅に塩櫓が築かれて周囲には土塀が巡っていました。

塩櫓の下に方形と円形の桝があります。

これが水の手です。

山の中腹のため掘り抜きの井戸ではなく、雨水を溜める構造でした。

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方形の桝です。

今も水が湛えられています。

ただし、あまりきれいな水とはいいがたいです。

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こちらは円形の桝です。

深さはかなりあります。

井戸に接して集水する石組の溝です。

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塩櫓の跡です。

石垣が残っています。

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井戸曲輪から見上げた天守です。

石垣の高さは約10mです。

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井戸曲輪の虎口です。

虎口は結構狭いです。

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井戸曲輪と本丸の石垣です。

高さは合せて30mあります。

彦根城の石垣では一番の見所です。

圧巻ですね。

(続く)

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