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岩瀬文庫企画展西尾市史中間報告展 [歴史雑話]

愛知県西尾市にある岩瀬文庫企画展西尾市史中間報告展に行って来ました。

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西尾市では新編西尾市史を編さん中です。

第1巻は平成30年度に発刊予定だそうです。

その中間報告です。

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天竺神社の綿壺

以下説明の概略

崑崙人漂着伝説は史実である。
 
西尾市天竹町の天竹神社は綿祖神を祀っている。
崑崙人が小舟で漂着してこの男がもたらした綿の実が日本各地で広まったという伝説がある。
しかし、『日本後紀』の延暦18年7月是月条に記されている。同条には異国人が漂着した場合の報告規定(養老公式令 遠方殊俗条)が書かれているので、疑いのない史実である。


ところで、8月7日(日)に西尾市岩瀬文庫に皇太子殿下の行啓があるそうです。

皇太子殿下がご覧になるものが見学できるかも。

殿下がお越しになるほど岩瀬文庫は貴重な資料がある博物館なのですね。


西尾市岩瀬文庫
愛知県西尾市亀沢町480
℡0563-56-2459

草津本陣 その2 [歴史雑話]

草津本陣の続きです。

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広間の床の間です。

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雪隠です。

男子トイレです。

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大用のトイレです。

畳敷です。

結構広いです。

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風呂です。

殿様専用です。

五右衛門風呂ではなくて、沸かしたお湯を入れる風呂です。

風呂場が広いのは、外敵から身を守るためです。

槍などが外から届かないように部屋の中央に風呂桶が置かれています。

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茶室です。

壁は赤いです。

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台所です。

かまどです。

五連式なので、一度に30人分の用意ができます。

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当時の料理の例です。

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今とあまり変わりません。

(終)

草津本陣 [歴史雑話]

草津宿は東海道五十三次の52番目の宿場です。

草津温泉とは別です。

滋賀県草津市にあります。

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草津本陣です。

宿場町の雰囲気が漂います。

背後のマンションが邪魔ですが。

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本陣入り口の門です。

本陣とは、参勤交代の大名などが止まった宿です。

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玄関です。

江戸時代の本陣がそのまま残っています。

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玄関を入ると大きな床の間があります。

床の間には江戸時代の大名の名が書かれた札が展示されています。

毛利家、細川家、今川家、近衛家などの名があります。

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上段棟に通じる畳廊下です。

広い廊下で、ここで泊まることもできました。

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広間です。

三間続きです。

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上段之間です。

殿さまの宿泊所です。

一段高くなっていて、御簾があります。

天井は格天井です。

(続く)

真教寺 [寺院]

真教寺は滋賀県草津市にある浄土真宗のお寺です。

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山門の上に太鼓楼があります。

浄土真宗の寺院には太鼓楼があることが多いですが、真教寺はその一例です。

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真教寺の鐘です。

コンクリート製です。

これでは音は鳴らないと思います。

戦争中に鐘を供出したので、コンクリート製で作ったのでしょうか。

戦争遺跡のひとつです。


鞭崎八幡宮 [神社]

草津市にある鞭崎八幡宮です。

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本殿です。

祭神は息長足姫命です。


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幟旗です。

崎の字は嵜です。

鞭崎の地名の由来ですが、昔、源頼朝が、この神社の森を鞭で指して名前を尋ねたことから、鞭崎八幡宮と呼ばれるようになったといわれます。

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境内には膳所城の南大手門が移築されています。

左の門が大手門です。

重要文化財に指定されています。

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草津市のマンホールです。

彩色されていて、とてもきれいです。

デザインniceです。

『戦国大名大友氏の館と権力』第1回共同研究会 [お城情報]

お城のイベントの情報です。
大分県です。


『戦国大名大友氏の館と権力』第1回共同研究会
日 時 2016年8月20日(土)~21日(日) 
場 所 大友氏遺跡体験学習館(大分県大分市大分4257-1)
定 員 300名(要申込)
参加費 無料
内 容
20日
13:00 開会(開場 12:30~) •13:05~13:40
「戦国大名大友氏の判物発給手続に関する考察-大友氏の権力構造をめぐって-」
林田崇氏(島原市教育委員会)
•13:40~14:15
「考古学的に見た称名寺の位置づけ」
越智淳平氏(大分県教育庁文化課)
•14:15~14:50
「戦国時代庭園の中の大友氏館庭園」
五十川雄也氏(大分市教育委員会)
•15:00~15:35
「大友氏館跡出土のかわらけについて」
長直信氏(大分市教育委員会)
•15:35~16:10
「大友氏館跡から出土する中国陶磁器について」
柴田圭子氏(愛媛県埋蔵文化財センター)
•16:10~16:45
「府内唐人町-発掘調査成果からみた外国人町-」
吉田寛氏(大分県教育庁埋蔵文化財センター)
•16:45~17:20
「大友宗麟と茶の湯文化」
荒木和憲氏(国立歴史民俗博物館
17:30 閉会
情報交換会 19~
21日
現地視察(研究会に関連する発掘現場、史跡等)
時間:9:30~12:00
場所:大友氏館跡・中世大友府内町跡・上原館跡
問合せ
名古屋学院大学 鹿毛敏夫
kage■ngu.ac.jp
 ※■を@に変えてください

膳所城の移築城門・南大手門 [移築城門]

膳所城の移築城門です。

膳所城は大津市にあった近世城郭です。

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正面からです。

大手門に相応しい堂々とした立派な門です。

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裏から見た門です。

高麗門です。

膳所城の南大手門です。

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横から見たところです。

高麗門の形がよくわかります。

明治四年の廃藩置県により廃城となった膳所城から大津市の鞭崎神社に移築されました。

門の右手に潜り戸を設け、控え柱は外八双に開きます。

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屋根瓦は、膳所城主であった本多氏の家紋葵が付けられています。

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門扉の壺金です。

城門らしく重厚です。

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門扉です。

上部は透かし戸になっています。

扉には鉄鋲が打ち込まれていて重厚です。

新宮神社 [神社]

新宮神社は滋賀県草津市野路町にあります。

境内に膳所城の移築門があります。

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鳥居から見た本殿です。

新宮神社の創建は天平2年(730)と伝えられます。

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本殿です。

一間社流造 正面軒唐破風付、檜皮葺です。

美しい社殿です。

本殿は大永3年(1523)に建立されました。


膳所城の移築門 [移築城門]

膳所城は滋賀県大津市にあった近世城郭です。

膳所城の城門は多く近くに移築されています。

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草津市野路の新宮神社に移築されている門です。

城の門としては小ぶりです。

水門と伝えられます。

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扉は透かし門になっています。

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門の屋根瓦の家紋瓦です。

膳所城の城主であった本多氏の家紋、立葵です。

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屋根の上には小さいながらシャチが載っています。

安祥毘沙門天 [寺院]

安祥毘沙門天は愛知県安城市にあります。

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山門です。

コンクリート造りですが、朱色に塗られています。

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説明です。

志貴庄時代に、庄館(安城古城)の周りの四囲に寺院が建てられました。

東に常福寺、西に甲山寺、南に多宝坊、北に極楽坊です。

ここは極楽坊にあたり、毘沙門天が祀られました。

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境内にある毘沙門天の石像です。

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本堂です。

毘沙門天は、安城城から松平清康(徳川家康の祖父)が大永4年(1524)に岡崎城に移ると岡崎に移転しました。

明治になると再びこの地に移転しました。

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本堂の幕には何故かムカデが描かれていました。

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安城市のマンホールの蓋です。

七夕が描かれています。

安城市の七夕は日本三大七夕と言われます。

三大とは、仙台、平塚、安城です(異説あり)。

最近はマンホール女子とか言い、マンホールの蓋のデザインを愛好する人が増えてきました。

少し足元も注意してみたいと思います。