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長存寺 [寺院]

長存寺は愛知県蒲郡市上本町にあります。

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山門です。

屋根にシャチが載っています。

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参道です。

両サイドに寺があります。

智積院と乗圓院です。

法華宗の寺です。

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玄関です。

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玄関の車寄せの彫刻です。

亀が彫られています。

見事なものです。

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鵜殿長存の墓です。

鵜殿長存は下ノ郷城主で、長存寺を整備しました。


諏訪原城@静岡県島田市 [お城踏査]

諏訪原城は静岡県島田市金谷町にあった中世城郭です。

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石碑です。

諏訪原城は国指定史跡です。

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説明です。

諏訪原城は天正元年(1572)に武田勝頼が馬場美濃守の縄張りによって築城しました。

天正3年に徳川家康が攻め落として、徳川氏の城となりました。

一時は今川氏真が城主であったこともありました。

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縄張り図です。

武田氏の特徴である丸馬出が5つもある城です。

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浅野文庫諸国古城之図の諏訪原城の絵図です。

絵図も丸馬出が5つ書かれています。

かなり正確に書かれています。

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大手前の茶畑にある武田氏家臣の今泉氏の戦死地の石碑です。

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一番西の馬出です。

以前に発掘調査をされて今は堀は整備されています。

薬研堀です。

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この馬出は、整備予定です。

このイラストのように門が復元されて整備される予定です。

完成はまだ10年後だそうです。

丸馬出は武田氏の築城と思われていましたが、発掘調査の成果で、徳川氏が改修した可能性が出てきました。


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丸馬出です。

堀が円形になっているのがわかるでしょうか。

樹が伐採されてとても見やすくなっています。

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近くで見た丸馬出です。

堀は垂直に切り立っています。

樹を伐採して見やすくなったけど、堀が崩れないか心配です。

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二の丸の堀です。

こちらは薬研堀です。

樹が切られて見やすくなっています。

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二の丸の堀の反対側です。

かつてはこのように堀の中に樹が生えていました。

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本丸馬出口です。

ここも発掘調査の結果、舛形虎口になっていましたが、今は埋められています。

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天主台地です。

本丸の隅にあります。

諏訪原城は、中世城郭で天守はありませんでしたが、天守相当の櫓が建てられていました。

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諏訪原城の井戸です。

カンカン井戸と言われます。

石を投げ入れるとカンカンと音がしたようです。

今は水はありません。

この井戸は堀の中に作られていました。

堀の底に井戸を掘ると、掘る深さが短くなり合理的です。

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二の丸から見た馬出です。

左手は土橋です。

奥に神社の社が見えます。

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諏訪神社です。

馬出の中にあります。

諏訪原城の名前の由来になっています。

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三日月堀の堀です。

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三日月堀のイメージ図です。

虎口の前に半円形の堡塁が三日月堀(丸馬出)です。

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諏訪神社のある馬出にある説明板です。

かなり年季が入っています。

諏訪原城は、遺構がよく残り、整備されているのでとても見やすい城です。

説明板も多くわかりやすい城で、お薦めの城です。

平成27年度後三年合戦金沢柵公開講座「続縄文土器・古代の山城・中世の山城・後三年合戦」 [お城情報]

お城関係のイベントの案内です。

金澤柵を中心とした講座です。


◆日時  平成28年3月12日(土)
◆内容  09:00~10:00  開場・受付

・10:00~10:10  開会行事 司会進行 佐々木健氏(横手市教育委員会)
・10:10~10:30  報告1:島田祐悦氏(横手市教育委員会)「金沢柵推定地金沢城跡安本館の調査成果」
・10:30~10:35  質問・休憩
・10:35~10:55  報告2:亀井崇晃氏(美郷町教育委員会)「川端山館跡と鎧ヶ崎城跡の調査成果」
・10:55~11:00  質問・休憩
・11:00~11:30  基調講演1:室野秀文氏(盛岡市教育委員会)「金沢城と周辺の城館を歩く」
・11:30~11:35  質問・休憩
・11:35~12:10  基調講演2:岩井浩人氏(青山学院大学)「古代集落遺跡の動態と金沢城跡」
・12:10~12:15  質問・休憩
・12:15~13:55  休憩及び後三年合戦金沢資料館特別展
 「清原時代のほとけたち~黒仏と観音寺十二神将~」シャトルバス巡回
・13:55~14:00  講師紹介
・14:00~15:00  特別講演1:八木光則氏(岩手大学)「川端山Ⅲ遺跡の続縄文土器と秋田の南北交流」
・15:00~15:10  質問等 講師紹介
・15:10~16:40  特別講演2:樋口知志氏(岩手大学)「前九年・後三年合戦と兵(つわもの)の時代」
・16:40~16:50  質問
・16:50~     閉会

問合せ
横手市教育委員会文化財保護課
電話0182-32-2403


諏訪原城発掘調査現地説明会 [発掘調査現地説明会]

静岡県島田市にある諏訪原城の発掘調査現地説明会に行ってきました。

諏訪原城は天正元年に武田勝頼によって築城されました。

その後天正3年に徳川家康により攻め落とされ、牧野城と改名されました。

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諏訪原城の図です。

二の丸の前に5つの丸馬出があることで有名です。

今年は一番東の馬出、二の丸東馬出の発掘調査です。

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馬出内部から礎石が見つかりました。

礎石は2つで、間隔は1.6mでした。

内側の礎石は飛んでいましたが、おそらく門の大きさは1間程度です。

礎石からは藥医門と推定されます。

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堀底のトレンチです。

堀は薬研堀でした。

かなり埋まっていました。

深さは7.5mでした。

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説明会の様子です。

学芸員のHさんが説明していました。

島田市の学芸員さんも女性です。

大勢の見学者がいました。

遠くは大阪東京都栃木県来ていました。

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東馬出内の土層です。

二時期が確認されました。

下層が武田氏時代、上が徳川氏です。

考古学的に見ると、馬出は徳川氏によって改修されたことがわかります。

他に鉄砲の弾が多く見つかっています。

ここが激戦地だったことがわかります。

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二の丸東内馬出です。

ここもシートがかけられていて発掘されたことがわかりますが、特に説明はありませんでした。

諏訪原城の発掘調査は今年で終了して、来年からは報告書の作成や整備にとりかかるそうです。


長篠古戦場織田信長本陣 [お城踏査]

長篠合戦の織田信長本陣です。

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長篠合戦は織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼が天正3年に愛知県新城市で戦った古戦場です。

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馬防柵です。

後ろの山が織田信長本陣の茶臼山です。

実は新東名の長篠設楽原パーキングエリアに隣接していて、ここから登れます。

手前の馬防柵はPA内にあります。

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PAから見た信長本陣です。

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石碑です。

古いものです。

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説明です。

長篠合戦では、初めに織田信長は、極楽寺に本陣を置きました。

その後、合戦の時にはこの茶臼山に本陣を置きました。

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本陣跡には神社があります。

今までは人っ子一人いなかったけど、PAと隣接したことで、観光客が激増しました。

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社の建っている高台は信長の本陣を利用したものでしょうか。

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本陣跡の中心部です。

平坦地になっていますが、土塁などはありません。

しかし、ここは高台であり、武田軍との最前線からはかなり離れた位置にあります。

ここに本陣を置いたことは、信長がいかに武田氏を恐れていたかがわかります。

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茶臼山の山腹です。

削平地が続いています。

陣地の跡でしょうか。

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織田信長 戦地本陣・・茶臼山

古くから城山と呼ぶ

長篠合戦のカルタです。

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織田信長の歌碑です。

きつねなく 声もうれしくきこゆなり 松風清き 茶臼山かね

信長が合戦に際して詠んだ歌です。

新東名長篠設楽原パーキングエリア [四方山話]

新東名長篠設楽原パーキングエリアに行きました。

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下りです。

上りと下りは別々です。

下りは織田・徳川軍をイメージしています。

織田と徳川の旗が立っています。

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自販機です。

柄が長篠合戦図屏風になっています。

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入り口を入ると夫婦人形が出迎えてくれます。

奥平信昌と亀姫です。

奥平信昌は長篠合戦の際に長篠城に籠城して守り切った武将です。

亀姫は徳川家康の娘でその功績によって信昌に嫁ぎました。

亀姫は家康の娘を鼻にかけて、信昌は一生亀姫に頭が上がらなかったそうです。

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パーキングエリア内にある長篠陣屋食堂です。

馬防柵をイメージしています。

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これを食べました。

武田塩ラーメン、800円です。

風林火山の旗が付いています。


信長赤味噌ラーメンもありました。

こちらは天下布武の旗でした。

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店内には火縄銃が飾られています。

さすが長篠です。

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大きな長篠合戦図屏風が壁に張られています。

武田勝頼です。

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織田信長です。

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記念撮影用の鎧です。

陣羽織や刀も借りられます。

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お土産コーナーです。

真田丸に因んで真田関係も多いです。

真田幸村(信繁)グッズです。

真田氏は長篠合戦に参加していました。

真田昌幸の兄真田信綱と真田昌輝が戦死しています。

信綱と昌輝が戦死したことにより、昌幸が真田家の家督を継ぎました。

昌幸の子が幸村です。

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火縄銃のバームクーヘンです。

かなり長いです。

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長篠合戦鉄砲玉のまんじゅうです。

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刀すり身天です。

刀の形です。

武田軍はあさりマヨです。

他に織田軍と徳川軍のものもありました。

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店員の人も陣笠をかぶっていて雰囲気を出しています。


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こちらは上りのパーキングエリアです。

こちらは武田軍をイメージしています。

武田菱の家紋です。

こちらのパーキングはコンビニが入っていますが、下りに比較すると少し寂しい感じでした。

新東名岡崎サービスエリア [四方山話]

新東名の岡崎サービスエリアに行って来ました。

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外観は岡崎宿をイメージした和風です。

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入り口には、八丁味噌の石のオブジェがあります。

石の町岡崎らしく石で出来ています。

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2月13日にオープンしたばかりとはいえ、すごい人気です。

平日に行ったにもかかわらず満員でした。

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岡崎宿をイメージしたお土産店です。

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ハローキティのポップコーンショップです。

東海テレビとコラボしています。

1年間の限定出店です。

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スターバックスコーヒーも出店しています。

屋根が和風になっています。

他に矢場とん、スペイン窯パンのトラ、伊藤和四五郎商店、大正庵釜春、きっちんににぎ、包宝PAOPAO、CAFETERIA岡崎農場、MIKAWA FORESTなどが出店しています。

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お土産で買った出世王です。

岡崎城が描かれています。

徳川家康をイメージしているようです。

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浜松の土産キャラメルです。

浜松城が描かれています。

しばらくは人気が続きそうです。




桜井城の発掘調査現地説明会 [発掘調査現地説明会]

桜井城は愛知県安城市桜井町にある中世城郭です。

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発掘現場です。

堀のようになっているのは、雨のため水たまりになったものです。

堀ではありません。

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現場です。

井戸や土孔や溝が出ていました。

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現場の位置です。

赤い部分です。

城跡そのものではなく、隣接する場所です。

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現場の向こうに見える林が桜井城跡です。

現場からは、井戸跡が7基検出されました。

井戸の中からは遺物が見つかっています。

遺物の年代からは戦国期に使われていたことがわかりました。

この場所が居住地域というよりも、生産拠点であったという説明でした。

蒲形城(蒲形陣屋)@愛知県蒲郡市 [お城踏査]

蒲形城は愛知県蒲郡市本町にありました。

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土塁です。

蒲形城は、別名を下ノ郷城とも言いました。

鵜殿長存が城主でした。

江戸時代には竹谷松平氏が5000石で蒲形陣屋を城跡の一角に作りました。

城跡は現在蒲郡高校になっていて、遺構はありません。

今残っている土塁は蒲形陣屋の土塁です。

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土塁は高さ2mほどあります。

ただ、ここは市の史跡になっていないので、石碑も説明板もありません。

いずれ破壊されてしまわないか心配です。

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一角にある稲荷神社です。

陣屋には稲荷神社をまつることが多いので、もしかすると蒲形陣屋に関係する神社でしょうか。

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蒲形城付近の地籍図です。

明治17年のものです。

水色の部分が堀跡です。

明治時代にはまだ城跡の遺構がよく残っていたようです。





竹谷松平家大手門の移築門 [移築城門]

蒲形陣屋の移築城門です。

愛知県蒲郡市の蒲郡市博物館に移築されています。

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竹谷松平家の大手門です。

大手門らしい立派な高麗門です。

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説明です。

竹谷松平氏は蒲郡市竹谷町の竹谷城にいました。

竹谷松平氏は江戸時代には5000石の交代寄合の旗本として蒲形城に居を構えました。

蒲形陣屋と呼ばれます。

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後から見た大手門です。

高麗門なので、控え柱に扉をしまう屋根が付いています。

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扉です。

上部は透かし戸になっています。

門扉のほぞに書かれていた墨書から文化15年(1818)に建てられました。

明治初期に宝飯郡御津町の民家に移築されましたが、平成3年に現在地に移築されました。

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控え柱の屋根です。

木材は新しそうです。

老朽化により取り換えられたようです。

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屋根の軒丸瓦です。

巴紋です。

瓦は古そうです。