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小田急1000形 [鉄道]

小田急1000形の箱根登山鉄道色です。

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小田原から箱根湯本までの小田急は箱根登山鉄道色に塗装されています。

小田原から強羅までは、箱根登山鉄道が走っていますが、このカラーだと山を登る気分になりますね。

同じ1000形ですが、ずいぶんとイメージが変わります。

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横顔です。

このカラーは2009年に登場しました。

箱根観光に一役買っています。

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列車内部です。

ベンチシートの通勤仕様です。

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基本的にステンレスstainless車両なのですが、ステンレスには見えないですね。

いい感じの塗装です。

小田原城 その5 [お城踏査]

小田原城の続きです。

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小田原城歴史見聞館にあった模型です。

この姿に近づくように整備を行っています。

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現在、整備を行っている御用米曲輪の現状です。

発掘調査は終わり、埋め戻されています。

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当初の計画では、御用米曲輪は江戸時代の姿に整備をする予定で、発掘調査を行いました。

そうしたら、予想外に戦国時代の遺構が多く見つかりました。

中でも、石組の庭園の遺構が見つかったことは衝撃でした。

江戸時代には蔵などが建っていた場所は、後北条氏の時代には、池のある庭園で、来客をもてなす会所などがあった御殿空間だったことがわかりました。

小田原市では計画を変更して、御用米曲輪の半分を江戸時代の遺構を復元、半分は戦国時代の遺構を復元するという折衷案で考えているようです。

いずれにしても難しい整備になるでしょうが、よりよい方向でいっていれるといいですね。

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御用米曲輪の堀の遺構です。

すぐとなりは高校があります。

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本丸の石垣です。

隅は算木積みになっています。

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最後にもう一度天守です。


小田原城の本丸は、関東大震災で壊れた御用米曲輪につながる鉄門がありました。

現在は激しく石垣が崩壊して通行できませんが、この鉄門も整備復元して欲しいですね。

鉄門は埋門形式でしたたが、桝形門になっていました。

御用米曲輪の整備の際には必要となってくるでしょう。

これば今回の小田原城のレポートは終わりです。

天守の耐震工事が終わったら、また来たいと思います。

(終)


小田原城 その4 [お城踏査]

常盤木門を抜けるといよいよ本丸です。

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天守が見えます。

ところが何か様子が変です。

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なんと天守は耐震工事中で休館でした。

残念。

天守は昭和35年にRC作りにより再見されました。

それから55年が経過しました。

一般的にRCの耐用年数は50年と言われますので、第一次お城ブーム時に建てられた天守はみな何らかの工事が必要となっています。

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小田原城の天守は木組が残っていて、わりと正確に復元されています。

ただ、最上階は観光のため高欄が付けられました。

こういう例は岡崎城や福山城にもありました。

当時の天守に何が求められていたかわかります。

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小田原城に来たのは初めてではなく、何度か来ているので、いいのですが、折角ならば天守に登りたかった。

天守は三重四階です。

関東地方では唯一、まともな天守です。

土の城が多かった関東では、現存天守はありません。

もともと天守自体が少なかった。

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天守は大きな出窓が特徴です。

巨大な石落としでしょうか。

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小田原城の天守も木造で再建しようという運動もありました。

しかし、市としては耐震工事を行い、延命化を図ったようです。

実際に木造で建てるとなると、かなりの木材が必要となり、また、建築基準法の改正により、木造建物は2階以上は入れません。

そうするとせっかく木造で建てても中には入れないことになります。

小田原城の整備は、以下の通り

昭和35年 天守
昭和46年 常盤木門
平成 9年 銅門
平成21年 馬出門

このように整備が進み、今後は御用米曲輪の整備が予定されています。


余談ですが、かつては小田原城の本丸には小動物園があり、象がいました。

象のハナコは数年前に死亡して、今はいません。


(続く)

小田原城 その3 [お城踏査]

小田原城の続きです。

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銅門を過ぎるといよいよ本丸です。

本丸は高台にあるので、階段を登ります。

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最後の関門である常盤木門です。

昭和46年に鉄筋コンクリートで復元されました。

桁行7間、梁間4間の櫓門です。

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常盤木門は舛形門でした。

桝形の三方を多聞櫓で囲むという厳重な構えでした。

桝形門なので、本来は初めの一の門がありますが、復元に際しては一の門である矢来門は復元されませんでした。

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常盤木門の正面です。

小田原城最大の櫓門でした。

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本丸から見た常盤木門です。

本丸側も一段低く、桝形のようになっていました。

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常盤木門の中は公開されています。

無料で入れます。

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内部の様子です。

木目調に作られています。

常盤木門の多聞から見た桝形内部です。

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中にはゲームの戦国バサラのキャラがありました。

集客アップのためとはいえ、あまりに行き過ぎたキャラ化はどうかとも感じました。

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小田原北条氏を大河ドラマに取り上げるPRも盛んでした。

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戦国無双のキャラです。

館内にはアニメやゲーム関連の商品も売っていました。

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北条流築城術を紹介するコーナーもありました。

山中城が取り上げられていました。

小田原城 その2 [お城踏査]

小田原城の続きです。

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馬出門を潜ると、次は銅門(あかがねもん)です。

銅門も舛形門です。

門の前の橋も復元されました。

銅門は平成9年に木造で復元されました。

ちなみに馬出門は平成21年に復元されました。

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正面から見た銅門です。

中仕切門と櫓門の二つの門から構成される舛型虎口です。

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銅門前の住吉堀です。

かつてはこの堀も完全に埋められていて、銅門も跡形もなかったのですが、発掘調査の結果、完全に復元されました。

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桝形内から見た中仕切門です。

中仕切門は、土塀の下に門がある埋門の形式になっていました。

古写真が残り、それと発掘調査や絵図を元に復元しています。

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銅門です。

堂々とした櫓門です。

梁間3間、桁行13間の大きさでした。

銅門の舛形は正方形ではなく、中仕切門がすこし飛び出した形になっていました。

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銅門を下から見上げたところです。

細長く空いているところは、石落しです。

ここから石を落としたり、無鉄砲を撃ったりして、門の前の敵を攻撃しました。

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内側から見た銅門です。

普段は内部は非公開ですが、イベント時などにときどき公開しています。

一度中に入ってみたいです。

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銅門から見た本丸です。

常盤橋門の向こうに天守が見えます。

小田原城では、木が伸びすぎて天守が見えなくなったので、木を一部伐採しました。

そうしたら自然保護団体からクレームが来て、テレビにも取り上げられて一時大問題となりました。

確かに自然を守ることは大切ですが、木が伸び放題というのも、問題でしょう。

伸びすぎる前に適宜な伐採、剪定を行っていれば、こんなに大騒ぎにはならなかったでしょうが。

(続く)




小田原城 [お城踏査]

小田原城は神奈川県小田原市にある近世城郭です。

関東地方では史実に基づいた天守のある唯一の城です。

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小田原駅から小田原城に向かう途中にある幸田門跡です。

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幸田門に続く土塁が残っています。

市内では奇跡的です。

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幸田門と堀が地図に復元的に描かれています。

とても分かりやすいです。

門の跡は宅地になり、門の位置も現在のお堀端通りとは微妙に違うことがよくわかります。

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説明看板にあった幸田門のイラストです。

絵があるとイメージしやすいです。

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二の丸隅櫓(右)と馬出門(左)です。

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二の丸隅櫓です。

こちらは関東大震災で崩壊しましたが、後に復元されました。

一重の櫓です。

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小田原城の整備完成図です。

整備が進んでいます。

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馬屋曲輪の馬出門です。

高麗門です。

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馬屋曲輪の絵図です。

曲輪自体も銅門の馬出的な位置でした。

馬出門は枡形が連続しています。

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初めの高麗門です。

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高麗門が二つ連続する枡形です。

枡形は、高麗門と櫓門という組み合わせが多いですが、小田原城のように高麗門が連続するものは珍しいです。

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枡形内から見た天守です。

以前は全く見えなかったけど、木を切ったことにより、よま見えるようになりました。

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裏から見た土塀です。

本瓦葺きで、控え柱があります。

狭間は三角の鉄砲狭間が2つと長方形の弓狭間が並びます。

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馬屋曲輪から見た二番目の高麗門です。

(続く)








小田急ロマンスカー [鉄道]

小田急ロマンスカーです。

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箱根観光専用の特急ロマンスカーとして2005年3月にデビューしました。

白い車体がスマート

めっちゃかっこいいです。

好きな車両のひとつです。

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50000形・VSEです。

VSEとは、Vault  Super  Expressの略です。

Vaultとはドーム型の天井の意味で、先頭部分を見てもドーム型に見えますね。

とくに一番前の席が最高で、一度ここに座ってみたいと思っています。

見る景色が違うだろうな。

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先頭部分の流線型のフォルムもかっこいいです。

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窓も眺望を確保するために大きいです。


名古屋城本丸御殿復元工事の近況 平成27年11月下旬 [名古屋城本丸御殿復元工事]

名古屋城本丸御殿復元工事の近況です。

久しぶりに名古屋城に来ました、とは言っても約1ケ月ぶりですが。


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御殿の素屋根の撤去がかなり進んでいました。

表書院を覆っていた素屋根は取れていました。

右が玄関、左が表書院です。

その間に天守がわずかに見えます。

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こちらは下御前所と対面所です。

素屋根の柱はありましたが、屋根は取られていました。

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こちらは対面所です。

屋根には保護のため布がかけられています。

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こちらは対面所と天守です。

こんな景色がもうすぐ見られます。

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天守から見た素屋根です。

手前は台所の素屋根です。

中の様子はわかりません。

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表書院のアップです。

こちらも屋根には布がかけられています。

表書院は完成して公開していますが、破風の装飾は初めて見えました。

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本丸御殿の平面図です。

これを見てもかなり大きな建物であることがわかります。

本丸御殿二期工事は、来年の5月に完成して、6月1日から一般に公開されます。

青色が二期工事です。

これで3分の2が完成します。

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名古屋城に群馬県のゆるキャラ ぐんまちゃんが来ていました。

来年度の大河ドラマ真田丸で群馬県の沼田市が真田氏の城の沼田城があるので、そのPRです。

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名古屋城西の丸広場では菊花展を開催していました。

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見事なものでした。

西尾城シンポジウムⅡ-戦国時代の西尾城 [お城情報]

お城のイベントの情報です。
今年も昨年に続いて西尾城シンポジウムが開催されます。
お近くの方はどうぞ。


西尾城シンポジウムⅡ-戦国時代の西尾城
日 時 2015年12月5日(土) 13時~16時30分
場 所 西尾市文化会館(愛知県西尾市山下町泡原30)
定 員 350名(申込不要)
参加費 無料
内 容
基調講演
「戦国時代の三河」山田邦明氏(愛知大学教授)
報告
「吉良氏とはいかなる一族か」谷口雄太氏(西尾市史執筆員)
「吉良氏と松平氏」平野明夫氏(國學院大学講師
パネルディスカッション

問合せ
西尾市文化振興課
℡0563-56-6660

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西尾城丑寅櫓

北の海理事長急死 [鉄道]

元横綱北の海の北の海理事長が急死されました。

謹んでお悔やみ申し上げます。

憎らしいほど強いと称された昭和の大横綱でした。

とは言っても、現役時代の北の海は見たことありません。

新聞記事やニュースを読むと改めて大横綱だったと感じます。

輪島と築いた輪湖時代

勝っても敗者に手を差し伸べずに勝ち名乗りを受けるふてぶてしさ。

攻めの姿勢に接した相撲

その一面、気は優しくて力持ちを絵にかいたような力士でした。

21歳2月の最年少で横綱となり、優勝24回、横綱在位63場所中の一桁勝利は2度しかありません。

その功績により一代年寄北の海を日本相撲協会から認められました。


そんなわけで、今回は相撲に関係深い両国駅です。


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駅前にある顔出し看板です。

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両国駅は国技館に近く、相撲とは縁が深いです。

年6場所のうち、3回は領国国技館で本場所が開催されます。

力士像です。

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駅のコンコースには優勝額が掲げられています。

武蔵丸と白鵬です。

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若乃花(先代)です。

これを見るだけでわくわくしますね。